H山中A湖のほとりで起きた殺人事件は、5年後の今日まで未解決。犯人は勿論のこと被害者さえも実ははっきり分かっていない。その事件の真相を唯一知るものとして、「湖畔亭事件」の語り手、「レンズ狂」の男は独白する。
物語の語り手である“私”は乱歩の初期の作品には多いステレオタイプの引きこもり少年。現代なら家でゲームやパソコンに嵌るが、この時代はレンズや鏡など光学系の虜となる。
子供の自分から陰気で引っ込み思案、学校でも面白そうに遊ぶ同級生たちを隅の方から羨ましげに眺めている。家に帰れば近所の子供と遊ぶこともなく、自分の部屋でレンズの類と遊んでいる。レンズの世界の虜になった主人公は覗きの味を覚え、レンズと鏡を組み合わせた“覗きメガネ”を自作して、隣家や女中部屋などさまざまなところを覗き見する。彼はある時、精神衰弱病の療養のために訪れた、H山中A湖のほとりの湖畔亭という宿で、浴室に覗きめがねを仕掛けて趣味の観察(!)を開始したところ、思いもかけず覗きメガネ越しに恐ろしい殺人事件を目撃することになる。
しかし、この殺人事件は河野という洋画家が幼なじみの芸者を逃がすため、“私”が覗いていることを計算しての狂言であったというお話である。だが、乱歩のことだから、その河野の告白を聞いた“私”の疑問を最後に添えることで読者に謎の余韻を残している。
「湖畔亭事件」は『サンデー毎日』に大正15年の1月から5月まで連載された本格物。この時期の乱歩は仕事が増えはじめの時期で、依頼されれば断らずなんでも書いてきた。この「湖畔亭事件」もはっきりとした筋書きを決めぬまま執筆を開始したとのことだ。その割にはよくできている作品なのだ。
乱歩自身がそうだったせいかレンズや鏡に魅せられた(魅入られた?)男が出てくる作品がいくつもありますね。
ところでその光学系が好きな乱歩はカメラはどうだったのかなと思っていたらあるカメラ誌に御子息の隆太郎氏を取材をした記事がありました。
それによるとカメラに興味はあるものの自分ではほとんど撮影せず写真は人任せだったそうです。自分で撮影をするのはスチルではなく8ミリや16ミリのムービーだったとのこと。そういえば乱歩は一時期映画監督を志望していたんですものね。
投稿情報: ろく | 2006-03-29 20:09
ろくさん
コメントありがとうございます。
乱歩は撮影は人任せというのは意外な発見です。
乱歩がいとしそうにカメラを抱いていた写真を見たことがあったものですから、撮影好きかと思ってました。でもそうですね、カメラをなでていた写真を人に撮らせていたんですものね。納得ですな。
今後ともよろしくお願いします。
投稿情報: 乱歩帳 | 2006-03-30 19:51