「魔術師」「吸血鬼」とほぼ同時期、江戸川乱歩は国際的探偵小説と銘打って、とても豪華な作品「黄金仮面」(昭和5年9月〜6年10月『キング』)を発表しました。何が豪華かというと、明智小五郎が戦う相手がアルセーヌ・ルパン。ルパン対ホームズがあるなら、ルパン対明智小五郎があって当然、まさにワールドクラスというわけです。
「黄金仮面」は筆致もいつも以上にスペクタクルで映像が目に浮かぶようです。こんな感じです。
「産業塔」をとりかこんでいた数千の群集は、その時、探照燈の白光の中に、白い蜃気楼のように浮かびあがった尖塔上の、非常に印象的な、美しくも奇怪なる光景を、長い後まで忘れることができなかった。
屋根の頂上の金色の棒から、ブランと下がって、巨大な時計の振子みたいに、右に左にゆれている黄金のヤモリ、その鍍金仏のような仮面の口辺には、おびただしい鮮血が、ギラギラとかがやいている。
塔上に追いつめられて、進退きわまった怪物は、おめおめ降伏せんよりは、むしろ死を選んだのである。彼は黄金仮面、黄金衣装のまま、身につけていた革帯を頂上の棒にかけて、魔界の勇者にふさわしく、はれがましき縊死をとげた。彼は顔から胸から一面の血を吐いて、苦しさのあまりに、時計の振子みたいにもがきまわっているのだ。
(以下、略)
上の写真は科学博物館の館内で撮影しました。科学博物館は毎回マニアックで不思議な展示をおこなっています。「黄金仮面」の産業塔は、どうやらこの科学博物館の辺りにあったようです。
乱歩にとっての上野公園は浅草同様に発端の地でした。「陰獣」の寒川は帝室博物館で小山田静子に出会い、「目羅博士」では動物園の猿山の前で江戸川さんが不思議な男に話し掛けられ、世にも幻想的なストーリーが展開され、そしてこの「黄金仮面」のシーンも決して大団円に向かうシーンではなくて、ここから黄金仮面は見事に消失せ、上野で始まった事件はこの後、日本中に広がっていくのです。
そもそも徳川家康が江戸城東北の鬼門封じのために開いた上野の山は、比叡山延暦寺のかわりに東叡山寛永寺を、琵琶湖のかわりに不忍池をなど、シンボルに満ちたパワフルなスポットなのです。乱歩はこの上野のパワーを使って作品に勢いをつけていたように思います。
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