明智小五郎は、事件の殊勲者として、例によって新聞に書きたてられた。明智びいきの読者たちは、その記事の最後に、近々名探偵とその恋人文代さんとが、結婚式をあげる旨しるされているのを発見して、好意の微笑を禁じえなかった。同時に、新婚の明智小五郎が、おそらく当分のあいだは、血なまぐさい探偵事件に手をそめないであろうことを、遺憾に思わないではいられなかった。
(以下、略)
「吸血鬼」事件の大団円のあと、作品の最終段落で乱歩はこう綴っています。この言葉どおり明智は、「黒蜥蜴」までお休みとなります。(同時期に平行して連載されていた「黄金仮面」は別として)
乱歩は、「吸血鬼」以降、明智の登場しない作品群、名作短編「目羅博士」やリレー小説「江川蘭子」そしてエログロの極み「盲獣」などを発表していきます。今にして思えば実に彼らしい活動を続けるのですが、乱歩はこれらの作品にはなはだ不満で結果スランプに陥り、昭和7年に2度めの休筆に入ります。
江戸川乱歩が明智小五郎を結婚させたことは、果たしてよかったんだろうかと、乱歩ファンは時々考えるわけです。作品ごとにエスカレートする明智の伊達男振り、少年物においてはまさに神のような存在のスーパーマン。乱歩にとってどんどんカリスマ化して行く明智の妻子持ちという現実(?)は、時として扱いに困ったようにも感じてしまうわけです。たとえば「黒蜥蜴」での緑川夫人との大人の恋の生煮えな気分とか、「人間豹」での熊の着ぐるみを着せられたまま人間豹に噛みつかれる信じられないくらい不自然に可哀想な文代さんとか、新たな破綻を生み出してきます。
でもでもしかし、だからってそれが面白くないということではありません。かえってそこが面白いんですよね。今度は「黒蜥蜴」読みます。楽しんで行きましょう。
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