「幽鬼の塔」の印象的なシーンとして、前に紹介した厩橋のスーツケース投げ捨ての場の他に、上野寛永寺の五重塔に首つり死体がぶら下がる場面がある。巨大な風鈴というシュールな表現が心に引っかかっている。こんな感じだ。
眼を塔の頂上に釘づけにしたまま、だんだんあとずさりをして、いつのまにか元の木陰に戻っていた。彼はその木の幹に手をかけて、何かしら異様な予感におびえながら、塔の屋根をにらみつづけた。すると、とつぜん、頂上の屋根の端に、大きな風鈴がぶらさがって、風もないのに、烈しくゆれているのに気づいた。だが、あんな大きな風鈴があるだろうか。屋根の端で左右にゆれているのは、いかにも風鈴そのままだけれど、そのまっ黒なものは、釣鐘型ではなくて、人形のように見えた。頭や手足がついていた。
(以下、略)
私の乱歩に関するホームページ『東京下町乱歩帳』では、このシーンを東京下町散策コーナーの「寛永寺五重塔」というパートで紹介している。そこでは、この五重塔は注意してみると面白いつくりになっていて、五階部分の屋根は銅の板張りだが、それ以外の階は瓦葺きという蘊蓄を書いている。
ところで、この「幽鬼の塔」について江戸川乱歩の自作解説を引用したい。桃源社版『江戸川乱歩全集』の「あとがき」より、
新潮社の大衆小説「日の出」昭和十四年四月号から十五年三月号まで連載したもの。この作はシムノンの「聖フォリアン寺院の首吊人」のセントラル・アイディヤを借りているが、翻案というほど原作に近い筋ではないので、シムノンに断ることはしなかった。このころはもう太平洋戦争が近づいていて、探偵小説の禁圧がひどくなり、これが私の最後の連載ものであった。したがって、執筆にも熱もなく私の持ち味というようなものが、この作にはほとんど出ていないのである。
(昭和三十四年七月)
自作に対する評価の低い事、ひくいこと。
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