「D坂の殺人事件」は大正14年の1月に『新青年』に発表された。乱歩にとっては6つ目の作品にあたる。
当時あまりお金もない時代、海外の推理小説をむさぼるように読んで、これをいつか日本でもと意気込んでいた青年乱歩が、練りに練った日本版の密室殺人事件という趣がある。
そもそも当時の日本の家というのは隙間だらけで密閉しないから、密室自体が成り立たない。乱歩も苦心したことでしょう。
ちなみにD坂とは、文京区の団子坂のこと。乱歩は大正8年頃、この地で「三人書房」という古本屋を営んでいた。この作品もその頃にネタを仕込んだのでしょうね。
「D坂の殺人事件」はこんな作品。
ある9月初旬の蒸し暑い晩、D坂の大通りの中ほどにある白梅軒という行きつけの喫茶店で冷やしコーヒーを啜っていた主人公の私は、通りをはさんだ目の前の古本屋を見るともなく眺めている。この古本屋の女房は男を惹きつける官能的な美人である。その上、体中には叩かれたり、抓られたりしたような傷が沢山あるという噂も。(乱歩はこういう設定が大好き、「陰獣」の小山田静子だってこんな美女)
主人公の私が辛抱強く、店を覗いていても女房の姿は見えず、そのうち、店と住まいを仕切っている障子戸が突然ぴしゃっと閉まる。
そんな光景を不思議に思いながら見入っていると、そこに知り合いの明智小五郎が登場する。荒い棒縞の浴衣を着て、変に肩を振る歩き方だ。
明智も向かいの本屋をしきりに気にしている。さっきから店には立て続けに四人も本泥棒が入っている。いったい店には誰もいないのだろうか? 美人の女房は不在なんだろうか? そ
れとも?
不審に思った私と明智が古本屋に乗り込むと、そこにはその女房の死体が横たわっていた。
主人公の私は独自に調査を始めて、色々推理の末、明智小五郎が真犯人だと確信するにいたる。彼の住処を訪ねて、問い詰めていくが、明智はまったく動ずることなく、心理学を応用し
ながら見事に理論的な謎解きを展開していく。
江戸川乱歩といえば明智小五郎という、このお馴染みのヒーロー探偵は、「D坂の殺人事件」がデビューとなる。明智小五郎の登場時の姿については以前、このブログで沢山書いたから今回は繰り返さないけど、はじめは外見に無頓着な貧乏書生姿だった。それがだんだんとハイカラで颯爽とした紳士に変貌を遂げていく。
それは乱歩自身が流行作家になって洒落者になっていくのと、まるでシンクロしていくように見える。
横溝正史の金田一耕助はずっと野暮ったいままなのにねえ。
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