すると巨人の手はパッと光線の中から消え去ったが、またたくひまもなく、今度こそ実に恐ろしいことが起こった。もう決して偶然ではない。再度屋根から這いおりてきた悪魔の手には、諸刃の鋭い短剣がにぎられていた。刃わたり一丈もあるかと思われる黒い短剣の影が、ブルブルふるえながら、舗道にうずくまっているお嬢さんを目がけて、サッとひらめいたのである。
(以下、略)
江戸川乱歩の「緑衣の鬼」は、『講談倶楽部』に昭和11年1月号から12月号まで連載された長編小説。前回のブログでも書いたが、この「緑衣の鬼」はフィルポッツの小説「赤毛のレドメイン家」を下敷きにした翻案小説である。乱歩はフィルポッツの原作の上に、自分の書きたい描写を自由に重ねて行く。楽しげである。
私はこの「緑衣の鬼」の中にいくつか大好きな場面があって、乱歩といえばそれを思い出す。これから何回かはその紹介をしたいと思う。
っで、冒頭の引用だ。このシーンは作品のプロローグ部分。場所は夜の銀座。デパートの屋上から照らされるサーチライトが銀座の街頭に巨大な影絵を作り出す。影絵は殺人者の手の形となって、ヒロインに襲いかかる。乱歩の大好きな大都会とレンズと光と影。「緑衣の鬼」はこうしてスタートする。お楽しみはこれからだ。
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