この作品も私が大好きな短編です。まずタイトルがかっこいいですよね。「人でなしの恋」は、大正15年10月に『サンデー毎日』に発表されました。物語は10年前に夫をなくした門野という未亡人のモノローグで進行します。
十九で町の名家門野家に嫁いだ主人公は、新婚当初こそ美男の夫と幸せな生活を送りますが、半年ほど経つと新郎門野はだんだん心も空ろに態度はよそよそしくなって行きます。そして毎夜、書見をするといって土蔵の二階に上がって明け方まで妻のもとに戻ってきません。
不審に思った主人公がある夜、夫が籠る土蔵の二階を窺っていると夫と知らない女の睦言が聞こえてきます。しかし土蔵には夫の外に人が出入りする気配はありません。ある日の朝、夫の目を盗んで土蔵の二階に忍び込んだ門野の妻は、そこで三尺ばかりの白木の箱に大切にしまわれている一体の人形を発見します。門野は生人形(いきにんぎょう)に恋をしていたのです。
私はかつてこのブログで「江戸川乱歩と生人形」と題して、桐生市で見つけた鈴木喜三郎作の素戔嗚尊(すさのおのみこと)のことを書きました。「人でなしの恋」のなかでは、鈴木喜三郎の生涯のライバルである、生人形師の安本亀八について触れています。乱歩の人形に対する興味というか愛情というか、とにかくまあ普通じゃないです。皆さんはこの後の一節から乱歩の人形愛が一端を感じ取れますでしょうか。
人でなしの恋、この世のほかの恋でございます。そのような恋をするものは、一方では生きた人間では味わうことのできない、悪夢のような、あるいはまたおとぎばなしのような、不思議な歓楽に魂をしびらせながら、しかしまた一方では、絶え間なき罪のかしゃくに責められて、どうかしてその地獄をのがれたいと、あせりもがくのでございます。門野がわたしをめとったのも、無我夢中にわたしを愛しようと努めたのも、皆そのはかない苦悶の跡にすぎぬのではないでしょうか。
(以下、略)
物語の最後は、嫉妬した妻が人形を殺害(破壊)してしまうと、門野は土蔵の二階で日本刀で自害し、愛する人形と心中を遂げてしまうという結末となります。
「人でなしの恋」は美しくて怖い傑作です。大人気作家になる前の悪魔の化身のような江戸川乱歩がそこにいました。ところで「押絵と旅する男」も人形愛でしたね。また読んでみようかな。
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