三谷がドアをたたくと、十五、六歳のリンゴのようなほおをしたつめえり服の少年が取りつぎに出た。名探偵の小さいお弟子である。
明智小五郎をよく知っている読者諸君にも、この少年は初のお目見えであるが、そのほかに、この探偵事務所にはもうひとり、妙な助手がふえていた。文代さんという美しい娘だ。
この美人探偵助手が、どうしてここへ来ることになったか、彼女と明智とがどんなふうの間がらであるか、それは『魔術師』と題する探偵物語にくわしくしるされているのだが、三谷は、かねてうわさを聞いていたので、ひと目でこれがしろうと探偵の有名な恋人だなと、うなずくことができた。
(以下、略)
乱歩ファンなら誰でも知っている、元祖少年名探偵小林君の初登場は「吸血鬼」でした。「吸血鬼」は昭和5年9月から翌6年3月まで「報知新聞」に連載された作品で、乱歩はこの作品に関して自身の全集後書きで「どんなに筋が支離滅裂になっても、作品がまずくても、休載だけはすまいと、ただただ書き続けた」と書いています。すさまじい覚悟です。
ただ、小林芳雄というフルネームで登場するのは「暗黒星」が初めだと記憶しています。この小林君は、このあと乱歩の青年物や少年物を通じてレギュラーで登場します。ただ、不思議なことに、明智探偵はだんだん歳をとっていき、文代さんは病気になって地方の病院に入ったりしてしまうのですが、なぜか小林君だけはいつまでもリンゴのほおでつめえり服です。この不思議(?)に関しても乱歩自身は桃源社版「江戸川乱歩全集」の「あとがき」でこう書いています。
私が最初の少年探偵小説「怪人二十面相」を書いたのは昭和11年だが、それより6年前に、早くも小林少年を着想していたわけである。この少年探偵は、昭和36年の現在でも、明智探偵の助手として活動している。いつも13、4才でリンゴのような頬をしていて、少しも年をとらないのである。
乱歩がそういっているのだから、私たちがとやかくいうまでもありませんね。
この時期、明智小五郎はお茶の水の「開花アパート」に住んでいます。二階表側の三室を借り受け、そこを住まいと探偵事務所に使用していました。
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