江戸川乱歩といえば浅草であります。私はいままでもホームページ「東京下町乱歩帳」の中で探求してきました。乱歩作品に登場する浅草や上野界隈を作品の一節に写真を添えて紹介するいわば下町散策日記というわけです。
乱歩にとっての浅草公園は不思議のワンダーランド、様々な出会いが生まれる魔術的な場所でした。特に大正期から昭和初期の作品には浅草を舞台としたのも、浅草から事件が始まって東京中にそれが広がって行くものがいくつもあります。
乱歩自身が「目羅博士の不思議な犯罪」の冒頭でこう告白しています。
わたしは探偵小説の筋を考えるために、ほうぼうをぶらつくことがあるが、東京を離れない場合には、たいてい行く先が決まっている。浅草公園、花やしき、上野の博物館、同じく動物園、隅田川の乗り合い蒸汽、両国の国技館。(あの丸屋根が往年のパノラマ館を連想させ、わたしをひきつける)今もその国技館の「お化け大会」というやつを見て帰ったところだ。
(以下、略)
また、「屋根裏の散歩者」ではさらに、面白い書かれ方をしています。
彼はもうとっくに飽き果てていた、あの浅草に再び興味を覚えるようになりました。おもちゃの箱をぶちまけて、その上からいろいろのあくどい絵の具をたらしかけたような浅草の遊園地は、犯罪嗜好者にとっては、こよなき舞台でした。彼は、そこへ出かけては、映画館と映画館のあいだの、人ひとり漸く通れるくらいの細い暗い路地や、共同便所のうしろなどにある、浅草にもこんな余裕があるのかと思われるような、妙にがらんとした空き地を、好んでさ迷いました。そして、犯罪者が同類と通信するためでもあるかのように、白墨でその辺の壁に矢の印を書いて廻ったり、金持ちらしい通行人を見かけると、自分がスリにでもなった気で、どこまでもどこまでも、そのあとを尾行してみたり、妙な暗号文を書いた紙切れをーそれにはいつも恐ろしい殺人に関する事柄などを認めてあるのですー公園のベンチの板のあいだへはさんでおいて、木かげに隠れて、誰かがそれを発見するのを待ち構えていたり、そのほかこれに類したさまざまの遊戯を行なっては独り楽しむのでした。
(以下、略)
遊園地のような浅草を凝縮したスポットに「花やしき」があります。乱歩作品にも何度も登場する名所のひとつです。私も子供のころは毎日のように遊びに行ったものでした。
狭い敷地の中にこれでもかと密集させたアトラクションの数々、とくに日本で一番古いといわれている、隣家の屋根をかすめて疾走するジェットコースターや、浅草のランドマークのようなスカイハウスは有名です。
現在では入場料800円のれっきとした遊園地ですが、私の少年時代である昭和40年代はじめには、「新世界」と並ぶ魔界で、「鏡の部屋に浮浪者が寝ていた」だの「釣り堀の底には大きなライギョがいっぱいで絶対に鯉は釣れない」だの「浅草小学校の奴が誘拐された」だの、浅草の少年探偵達に様々な事件の噂を提供してくれました。
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