今、乱歩の「魔術師」を読んでいます。この作品は前のエントリーで書いたように、明智小五郎のロマンスも登場するとても面白い作品ですが、その反面結構グロいシーンもあります。「盲獣」も「芋虫」もいやですが「魔術師」もこんな感じです。
白髯橋を徒歩で往来する人は、よくよく急ぎの用でもないかぎり、妙なもので、一どは立ちどまって欄干にもたれて、じっと川面を見おろしている。夏のほかは涼みのためとはいえぬ。ただ何かしら、あのドロンと淀んだ橋杭の下の薄暗がりに引きつける力が潜んでいるのでもあろうか。その朝のその瞬間にも、数名の男女が、橋の欄干にもたれて、遠く近くの水面を眺めていたが、上流に面した欄干の二、三人が、ふと妙なものを見つけた。(中略)ではその重い首がどうして水面に浮かんでいたのかというに、真上から覗いてみると、首の下に細長い、舟の形をした板切れが、水にゆがんで、ヒラヒラと見えている。つまり、福田氏の生首は、小型の舟に乗せられ、その舟は首の重みで水面下に沈んだままで、ユラリユラリと流れにしたがって漂ってきたわけだ。見物たちの驚きはいうまでもないことである。彼らはこんな不思議な生首舟を、いまだかつて見たことも聞いたこともなかった。ワーッという一種異様などよめきが響きわたった。
(以下、略)
このシーンの舞台となった白髭橋(しらひげばし)は隅田川にかかる鉄の橋で、台東区の橋場2丁目と墨田区の堤通1丁目を結んでいます。橋を通る道は明治通りです。隅田川はこの白髭橋を越えると、荒川と合流するあたりで直角に曲がります。
そしてここは勝鬨橋から始まる隅田川の名橋巡りのゴールラインともいえる場所になります。また隅田公園の北の端、つまり浅草趣味のどんづまりという場所ですね。浅草の劇場の舞台袖から、舟に乗せられた生首がしずしずと登場してくるような思いをいだいてしまいます。
私はよく休日に吾妻橋から白髭橋までの往復をジョギングしますが、この橋で折り返す時にやはり乱歩の言う通り、橋から隅田川をのぞき込みます。何か流れていないといいなあと思いながら。
玉村宝石王の弟である福田得二郎氏が、犯人の殺人カウントダウン予告に翻弄され、ついに餌食となってしまう乱歩殺人フルコースのいわば仕上げの場面を演出します。そして「魔術師」の事件そのものは、ゆっくりと川の流れのように東京中に広がっていきます。
浅草公園をそして隅田川を愛し、研究しつくした乱歩ならではの場の選び方のセンスが光っているといえます。
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