「恐ろしき錯誤」は、大正12年11月に『新青年』に発表された江戸川乱歩のデビュー3作目の小説。前の2作、「二銭銅貨」と「一枚の切符」が、『新青年』の編集長森下雨村に高く評価されたことで、気を良くした乱歩が、今度は枚数も増やして気負って取り組んだが、大失敗。ひどい自己嫌悪に陥ることとなった。乱歩はわりあい打たれ弱い人で、作品の出来が悪いとすぐに自信を失って、何度も休筆や逃亡を繰り返すことになる。
「恐ろしき錯誤」は、初期のトリック優先の実験的作品の部類に入る作品で、心理トリックというか人間の思い違いをストーリーの中心に置いて、展開して行く。火事で焼け死んだ妻の死の不審を抱く夫北川が、学生時代の友人である野本に妻殺害の疑いを抱き、復讐のため野本をぎりぎりと心理戦に追い込んで行く息詰まる展開のはずが、テクニックがないから語りがどんどん冗漫になって、そのうちお話がさっぱりわからなくなってくる。最後にむりやり手紙を出して来て、種明かしのような種明かしにならないような強引な落ちをつけて終わってしまう。初めてこの作品を読んだ時、自分の読解力が乏しいから面白くないんだと思ったが、何度読んでも、「?」という感じがするから、やっぱり作品に問題があるのだろう。森下雨村も乱歩から送られて来た原稿をしばらく握りつぶしていたというし。
ところで、この作品の中で、北川の妻妙子の焼死体の描写で、焼け焦げて真っ黒になった死体の表皮が破れて、所々真っ赤な肉がはみ出ていた。まるで望遠鏡写真で見た“火星の運河”のようだったというくだりがある。幻想的な小品として人気の「火星の運河」は、大正15年に発表されることになる。
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