明智ファンにとって、昭和5年7月「講談倶楽部」に発表された「魔術師」は大変重要な作品です。この作品において明智小五郎は彼の将来の伴侶である女性と劇的な遭遇をします。文代さんといえば少年探偵団シリーズでもテレビドラマシリーズでもおなじみの賢夫人、あの小林少年も慕っていました。
人気大衆誌「講談倶楽部」に連載された前作「蜘蛛男」が大ヒットとなり、乱歩はさらにエンターテインメントとして徹底した新作「魔術師」の連載を開始しました。すっかり乱歩作品の顔となった明智小五郎は此の作品ではロマンスも演じるのです。その上、舞台設定も「蜘蛛男」事件解決からたった10日ばかり後という世界の連続性をとっています。この後も明智を中心においた乱歩ワールドは、ますます華麗にそしてリアリティ満点に展開されていきます。此の作品で文代さんは、魔術師と呼ばれる賊の娘として登場します。そして明智と出会い、敵味方に別れて大冒険を演じ、最後には明智を助けるパートナーとなります。
ちなみにこの時明智は40に近い中年者といっています、意外に晩婚ということでしょうか。
乱歩の描く明智と文代のロマンスをどうぞ、
「まず第一にあたしを縛ってください。あたしは極悪人の子です。一味のものです」
娘は明智のからだをすりつけるようにして、強い調子でささやく。
「どうして? 君はもうわれわれの味方じゃないか」
「でも縛ってください。そうでなければ、あたしは大きな声を立てます。親を売った娘は縛られるのが当たり前です」
可哀そうな文代は、もう泣きだしそうな声だ。明智にも二郎にも、彼女の心持がよくわかった。ともかくも、一応縛ってやるのがむしろ慈悲である。二人は彼女がいうがままに、明智の細い帯を解いて、ホールの柱へ、型ばかりに文代を縛りつけた。
(以下、略)
そしてこの後、二人はどうなるのでしょう。楽しみですね。
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